TOPページ恋愛コラム第七十六回 「外見のコンプレックスが恋愛を阻む原因になっていたら-前編-」 


第76回 「
外見のコンプレックスが恋愛を阻む原因になっていたら-前編-」 
                                                         9月2日執筆

  「どうせ、こんな顔じゃ恋愛なんてできるわけないし、モテないから諦めるしかないんだ」
  
  私が中学生だった頃に、毎日のように支配されていた一つの思いです。

  私にお悩みを寄せてくださる方の中にも、以下のように痛切なお気持ちを吐露してくださるケースが目立ちます。

  「私は子どもの頃から外見に自信がないために、男性に好かれずに恋愛には縁がない人生を送ってきました」
  「僕が恋人いない歴=年齢なのは、いわゆるイケメンとはかけ離れたオタク系ですし(外見・趣味ともに)、
  ようやく出逢えた女性に勇気を出しても、相手にすらされないんです」  



  このように、昔から外見が災いしたことによって生まれたコンプレックスによって、
  未来に希望を持てなかったり、自分らしさを見失って積極的になれない方がいらっしゃいます。
  

  そして、そんな相談者様は、

  恋愛は諦めていたり、失望している部分もあるけれども、一方では、芸能人の恋愛報道を耳にしたり、街中において
  幸せそうなカップルを目にする度に、恋愛を夢見たり、「恋人ができたらどんなに幸せだろうか」と思いを馳せるようです。

 
  今回は、外見のコンプレックスに悩まれている方にとって「解決の糸口になれたら」という願いから自身の経験をもとにお話します。
  「外見よりも内面を磨いて自信をつけよう」という観点ではなくて、「外見が変わることで、内面にも自信が湧く」という経験から描きます。

  冒頭に挙げたように、私にも自覚しているコンプレックスはあります。

  その中で特に強く思い浮かぶのは、「笑顔が苦手なこと」でしょうか。

  笑顔が素敵な異性っていうのはいつの時代も人気がありますよね。
  私は、笑顔を演出してしまいそうになる時は決まって、必死でブレーキを掛けていました。

  なぜ私が笑顔が苦手になったかというと、そのきっかけは小学校時代に遡ります。
  このコンプレックスが芽生えたきっかけは今でも鮮明に覚えていて、私にとって大きな出来事は3つあります。

  1回目は、小学5年生の時に、友達と遊んでいて何かの話題の中で思いっきり笑った時に、
  「TAKA氏の笑顔ほど気持ち悪いものはこの世に存在しないよ」
  と究極の発言を浴びせられた出来事が発端(はじめて)でした。
  多感な時期で、仲が良かった友人だけに衝撃は大きかったです。

  2回目は時が流れて19歳の大学2年生の夏に、接客のアルバイトをし始めて間もないころに、上司から、
  「TAKA氏、お前の表情は変化がなくて怖いぞ。それじゃお客さんも寄ってこないよ。デビルマンみたいだぞ」
  と苦笑いの表情で忠告されました(その時の上司は悔しいくらい爽やかな笑顔で、今でも脳裏に焼き付いています)。

  3回目は、同時期に、女性の同僚と何かの話をしていた拍子に、思わず思いっきり笑ってしまったら、
  「TAKA氏君の笑顔って汚いね」
  と、冷静な表情で痛恨の一撃を喰らわせられたあの瞬間です。特に女性からの評価の衝撃は深かったです。

  相手からすれば悪意で陥れようとした発言ではなく、むしろ素直に感じたことや忠告のメッセージだったのかもしれませんが、
  私自身も長い間、「自分の笑顔はおかしい」と自覚していたため、他者からの指摘は堪えました。

  私は小学校低学年の頃から、笑うと顔中しわくちゃになって、年相応の顔のつくりと言えたものではなかったです。
  「老け顔」だねと同級生からは愚弄されて、極めつけだったのは、中2の夏の出来事です。
  自宅に送られた母宛に届けられた荷物を宅急便のスタッフから受け取った場面で、
  「旦那様、こちらの荷物を奥様にお渡しください」と真顔で言われたこともありました。

  笑顔が苦手なもう一つの理由として、受け口と歯並びの悪さがありました。
  八重歯と乱ぐい歯が混ざった「叢生」と呼ばれる歯の並びに加えて、笑うと唇がピエロのような不気味な形になるのでした。
  たった一回笑うことで、まるで負のオーケストラの融合のように“デビルスマイル”が誕生したのです。
  
  鏡で自分の顔を確認するのが嫌で嫌で、トイレで用を足した後も、必然的に鏡から目を逸らして手洗いだけ済ませて
  足早に立ち去っていました。
  小・中学時代の卒業アルバムや記念写真を見直してみても、共通して無表情な自分が写っていたわけです。

  デビルスマイルに加えて、他にも長い間悩んでいた顔の悩みがありました。
  生まれながらにして右眉の上に、直径4cmくらいの大きなコブ(腫瘍)があったのです。
  いつも他人と接する時には、コブが人目に触れるのが怖くて、ヘアスタイルはゲゲゲの鬼太郎のように(実際にそう
  言われていました)顔のほとんどを髪で覆いつくしていました。
  さらに根っからのくせ毛だったので、うねりにうねっていたその髪質が鬱陶しくて仕方がありませんでした。

  中学1年の春に、国語の授業で、「目の上のたんこぶ」という諺をはじめて習いましたが、まるで自分のために
  作られた言葉のようでたまりませんでした。
  比喩ではなくて、その言葉の通りに実際に目の上にコブがあって、長い間煩悩してきたのですから。

  中1の秋に、たまたま訪れた床屋の担当者には事前に、
  「コブが見えないように、絶対に前髪は長く残しておいてくださいよ」
  念を押して頼んだのに、
  仕上げ時に鏡を渡されて自分の顔を見て戦慄を覚えました。
  あの前髪がざっぱり切られた影響で、コブが丸見えになっているのです。

  担当者は、
  「なかなかお客様のようなケースはなくて、調整が難しくて切ってしまいました。でも他の人から見ても気になりませんよ」
  と開き直って説明しましたが、もう元には戻せません。
  私にとっては翌日からの学校生活での「バレないための緊急対策」を練るのに必死でした。
  結局、コブが隠れる長さに伸びるまでの約2カ月間を、毎日コブの部分にバンドエイドを貼ってごまかしていました。
  こんな理由から髪形は一切自由にコントロールできなかったのです。

  
  その上、まぶたも一重まぶたで、面長の顔だったために、目が細かったので、よく「目つきが悪い」と批判され、
  「鬱陶しい髪形」「デビルスマイル」「一重まぶた」「馬面」といった複合的な顔に関するコンプレックスを抱えていて、
  どうしても外見には自信が持てませんでした。

  身長は18歳の時点で、180センチを超えており、スタイルも細身だったため、よくクラスメイトの女子からも
  「TAKA氏君って顔から下はスーパーモデル並みだね」とか、
  男子からも「身長は高くて羨ましいよ。俺に5センチくらい分けてくれよ」
  たびたび言われましたが、どうしても素直に褒め言葉とは受け取れずに、虚無感と自己卑下が増して行くだけでした。
  スタイルが良くても、顔が全体のバランスを狂わしていたため、相変わらず鏡に映った自分を目視できませんでした。

  そんな事情から、22歳くらいまでは、外見が理由で恋愛に対しても積極的になれずに、好きな人ができても
  告白する勇気も出ないほど、臆病な性格で、実りがない生活を過ごしていました。
  高1になってはじめて勇気を出して好きな人に告白した結果も、「友達としてはいいんだけれども、異性としては見れない」
  という返事で、こうなってしまったのも、この顔が全ての要因のように思えて、以後恋愛に対しても自信を失ってしまいました。

  こんな顔で恋愛なんてできるはずがないんだ。

  が、当時の私のキーワードでした。
  外見のコンプレックスからもすっかり内面にも自信を失っていて、歪んだ心が芽生えてしまったのです。

  傍から見れば、滑稽で、「そんな小さなことに必死になって悩んでいたのか」と感じられたかもしれませんが、
  当時の自分からすれば死活問題で、些少な悩みだとはどうしても割り切れませんでした。

  ⇒後編に続く
  
   



 



 


 

 

     恋愛コラム目次に戻るTOPページへ戻るコラムの感想を送るこのコラムを投票する前の作品を読む│次の作品を読む