TOPページ恋愛コラム第四十三回 「大学入学後、大学デビューに成功したある青年の話-後編- 


第43回 「大学入学後、大学デビューに成功したある青年の話-後編-」
 
                                                         4月23日執筆

  
     この間スーツパーティーがあったんよ。
    先週江ノ島行ってきたわ。夏は海だわ〜。
    大勝軒って知ってる?この間大学の友達行ったんだけれど、まじうまかったわ。
    レンジのライブ最高だったわ〜。
    軽井沢のアウトレットでラコステ買いまくってきたわ。
    豊島園まじ楽しいよ。あれ、お前にこの話したっけ?


    
     K君に会う度に決まって出てくる話題は、大学生活の自慢のオンパレードでした。
    それも、こちら側から聞いてもいないのにかかわらず。
    高校時代の寡黙なK君ではなく、彼の口調は常に一定で、"DAIGO"のような軽快なノリでした。

    大学2年、大学3年進級するにつれて、大学自慢のバリュエーションはますます増えて行き、
   活動の原点となる彼の車の走行距離がたった3年間で50000Kmを凌駕してしまった結果を見れば、
   大学の連中と年がら年中ほっつき回っているのかが、安易に予想できました。

    私と一緒に遊んだ日、たとえ食事中やテニスをプレイしている時でさえも、30分に一度は携帯のメールに
   没頭しているか、ふいに大学時代の友人からかかってくる電話に断りもなしに出て、当事者同士だけしか共有
   できない世界に浸りながら楽しんでいるのでした。彼にとっては携帯なしの生活は考えられないらしいですが、
   傍にいても、誰と遊んでいるのだかも疑わしくなってしまうような虚しい錯覚を多々覚えました。

     また、忍耐の浪人時代を乗り越えた反動で、今まさにエンジョイしまくっている様子は端的に伝わってきま
    したが、彼のその一言一言が、平凡な大学生活を送っている私を見下しているようにも感じられました。

     彼と決定的に過ごしている世界の差を感じ取ったのは、私が大学3年、K君が大学2年になって間もない
    よく晴れる春の昼下がりに交わした何気ない会話の一節でした。
  
    高校時代から続けて彼が好きだったゲームであるあの「ビートマニア」や、「バオハザード」シリーズの話題を
   振った時、冷めた顔でこう言われたのです。

    俺もう、ゲームとか卒業したわ。旅行の方が断然楽しいし。
    
    さらに、彼の誘いでしぶしぶついて行ったビックエコーでのやり取りでは、

   やべぇ、まじテンション上がってきたわ。レンジとキンキ唄うっきゃないっしょ。

    今まで見たことがないような変貌ぶりに唖然とし、彼のペースについて行けず佇んでいると、すかさず

   おめぇ、まじノリわりぃわ。しらけるから。

    と、容赦なく排他的なつっこみを浴びせてくるのです。

    K君はまるでイメージが変革されていました。

    K君は帰り際、ブログに自身の旅行体験記を載せているから是非見るよう宣伝をしてきたので、
    その晩、K君がてがけるYAHOO!ブログを見て、彼のリアルな交友関係を目の当たりにするのです。

    記事は、これまで彼が私に幾度となく語り継いできた、あの大学の友人との旅行&放蕩記でしたが、
   驚いたのはそこに寄せられたコメントの数。

   「K、お疲れ!この間の豊島園まじ楽しかったいね」
   「昨日大宮駅に独りで行ったなんてブログに書いてあったけれど、あれC子と一緒に行ったんだろ!」
   「Kまたカラオケでレンジ唄おうな!」
   「K〜、オールの連続で体壊すなよ。この間セブンイレブンの駐車場で車停めて夜を明かしたらしいけど、
   風邪引いて体壊さないようにな」
   「『私の頭の中のケシゴム』K君と見れて嬉しかったよ」

  
   
    見ず知らずの10名くらいのノリのいいコメントがつけられていました。

    これまでK君の話の中から、大学時代のお決まりのメンバーの情報は断片的に聞いていましたが、いざ
   本人たちの書き込みを前にすると、これだけ多くの大学の同級生たちにK君は慕われている様子が
   ダイレクトに届きました。

    その中には、高校時代一切関わりを持っていなかったはずの女子の書き込みもちらほらあり、まさに私が
   叶わなかった、知己に囲まれた理想の大学生活を満喫しているようでした。

    私は見てはいけないもう一つの世界をいたずらに垣間見てしまったような感覚でした。



    高校時代のような、狭く限られた人間関係だけのマンネリした枠から羽ばたいて行ってしまったK君。
    大学での新しい出逢いに感化されたK君は、遠い世界の存在になってしまっていたのです。


    大学に自分の居場所を見出し、青春を120%楽しんでいるK君。
    大学に居場所を見いだせずに、自分らしさを模索している自分。

    完全に別々の方向に足を運んでしまった私たち。

    大学を全開で謳歌しているK君でしたが、それでもなお、私の中では昔のような純粋無垢なあの時代の
   追憶が忘れられずにいました。
    決して一緒に遊んでいても心から楽しめているとは言い難かったのですが、K君とは完全に距離を置くことは
   出来ませんでした。

    そんな折に、彼はその私の思いに追い打ちをかけるかのような発言をごく自然に述べてきたのです。


     私が大学4年になって、卒業を間近に控えた2月、K君を含む高校時代のメンバー4人で居酒屋「月の宴」
    で高校時代の思い出話に盛り上がっていたちょうどそのタイミングです。
     彼以外の誰もが「高校は楽しかった。いいメンバーに恵まれて」と、思い出の日々をを懐古していたその時に、
    それまで珍しく口を塞ぎこみ、一切話にのってこなかったK君が突然問題発言を投下してきたのです。

    ぶっちゃけ、俺高校生活微妙だったわ。
    っていうか、高校時代の先生とか同級生の名前ほとんど覚えてないし、むしろお前らそんなに楽しんで
    いたなんて意外だわ。逆に何が面白かった?

    でも、今の俺でもう一度高校やり直したら違う人生を送れてたかもって思うと切なくなるけれどな(苦笑)


    
高校時代そのものを否定してきたK君。
    腹の底でそのように考えていたなんて、ショック以外のなにものでもなく、今まで私と過ごしてきた時間さえも
    拒絶されてしまったような悲痛な気分になりました。

    そんな私の気も知れずに続けて彼は、こう述べました。

    ってか俺、一生学生がいいわ〜。まじ大学卒業したくないわ〜。
    もう三年だし、就活まじやりたくないんだけれど。遊んでたいわ〜。



     結局、さえない高校時代の話題から、最高潮の「今」にさらりと切り替え、大学に進んでいかに自分自身が
     理想通りにイメチェン出来たのかを豪語しているでした。マシンガントークはここから開始されました。



      ひとりで歩く自宅への帰路で、私は久しぶりに号泣しました。
     K君は私が知る頃の彼ではなくなってしまっただけではなく、共に過ごしてきた思い出も彼にとっては遥か昔の
     封じ込めたい閉ざされた過去でしかないのかと思うと、悲しくて寂しくて胸が張り裂けそうになりました。

     走馬灯のように流れる彼との思い出。

     「あの頃のK君を思い出して欲しい」

     これまでその一心でK君と接してきていました。

     大学生活を120%堪能している彼でしたが、同じ目線を取り戻して欲しかった。

      彼が高校当時得意だったPC系の分野であるシスアドの資格取得を誘ってみたりもしたこともありましたが、
     勉強の話になると決まって顔が梅干しのように皺くちゃになり、逃避するかのようにかわすです。

      俺、無理だわ〜。必修16単位も落としているし、まじ勉強とかもう勘弁だわ。ずっと遊んでいてー。

      そう語る彼の表情からは、一種の諦観みたいな気だるいオーラが漂っていました。

      彼の横顔は時に儚く、事実、寓話「アリとキリギリス」に登場するキリギリスの生き様に擬えられる
     かの生活でしたが、年を重ねるにつれて、近い将来こんな放蕩に耽った日常からも、卒業しなければならない
     焦燥感に葛藤しているようでした。
   
      そんな折、別世界に進出してしまったK君にとって、私の現実の世界への誘いのメッセージは、余計な
     お世話どころか、苦痛のプレッシャーを与えていたに過ぎなかったようなのです。

   

      ところが、大学3年の冬になり、彼のこれまでのマイペースなライフスタイルが変わりました。

      それまで深夜まで飲み歩き、カラオケやドライブに明け暮れていた周りの友人が、俄然将来のことを意識し
     はじめ、ターゲットを切り替えて企業へのアプローチを開始するのです。
 
      そう、本格的な就職活動のシーズンの到来です。

     もちろん彼にとっても避けてはならない真剣な問題です。
    それまでは必要最低限な単位を修得し、目先のことにだけに集中しながら、「今さえ楽しければ良い」モラトリアム
    的な考えが罷り通っていたのですが、卒業までタイムリミット1年を切ったことと、慌ただしい周囲の人間の行動の
    変化に、ようやく心の底から「このままではまずい」と、動かせざるを得なかったのです。 

     ところが、そんなK君にとって、先に進むことができない大きな障害が立ち塞がりました。

      自分は将来の夢がない。
     今まで意識してこなかったけれど、一体何に向いているのかも全くわからない。

  

          自分はこの3年間、一体何をやってきたのだろうか。



      
K君はこれまで目をつぶってきた自己分析や、自分探しという現実と、嫌というほど向き合わなければ
      ならなくなったのです。
      そこではじめて、自堕落な生活をぬくぬくと送ってきた事による危機感と痛感することになるのでした。

      とりあえず周りの人間の影響から、スーツやネクタイ、バッグなど、一通り就活に必要と言われている道具
     を揃え、あまり気乗りはしないものの、友人の付き添いで、大規模な企業セミナーに参加してみたりもしたそう
     ですが、あの独特な空間、価値観や世界観の違いなど、厳しい社会の現実を目の当たりして、先の見えない
     闇の世界にさまよいこんでしまったようでした。


      大学4年の春には、これまでつるんできた周囲の人間の半分以上が、希望する企業から内定をもらって
     いく中、K君だけは変わらず自分の進路の候補さえ見い出せずに立ち止まっていました。

      飲食業界、営業、IT業界、異業界を転々と歩き渡り、エントリーも数十社トライしていたようで、その中の数社
     ほど書類選考を突破して面接にこぎつけることも出来たそうですが、面接官に聞かれるお決まりのテーマである

     あなたが大学生活で頑張ってきたことは何ですか。
     では、自己PRをお願いできますか。


     この2つの質問を前にされたら、付け焼刃の虚勢など張れずに、完全撤退せざるを得なかったようです。



     彼はこの時期から、自身のブログに

     「消えてなくなりたい」
     「生きていったって何も楽しいことがない」
     「小学校の頃は夢がたくさんあって良かった」


     と、現実逃避が垣間見れる切迫とした表現が多く取り上げられるようになりました。
     それと同時に、大学の友人が異口同音に

     「K、俺たち(私たち)がついてるよ」
     「K、元気出して!お前なら大丈夫だよ」
  

    変わらぬ友情で、K君を支えるエールを送っていたのですが、K君は無言を貫き通していたのです。

     K君にとっては、そのもてなしは、返って追い打ちをかけられているようで、つい最近までバカやり合ったり、
    青春を共有し合えたりした気の安らげる仲間意識の範疇ではなかったのです。

    自分=落伍者。彼ら=希望に満ちている社会人という境界性を引いてしまっているようでした。
  
   

     4月以降は、再履修科目が圧倒的に増えたのも手伝って、学内での彼らとの接点もなくなっていったそうです。
    今までの毎日が嘘だったかのように、大学では彼は独りで行動することが日常になりました。
 
    こんな状態ですから当然、K君は、どうあがいても、自分らしい活路を切り開くことが出来ないでいました。


    一方私はその変容ぶりを聞いて、意外性を感じたよりは、来るべき瞬間が訪れたように思えたのです。

    K君のこの4年間を振り返ってみて、当初は大学デビューに成功し、高校時代のような大人しいキャラクターから
   一新したかのように思われましたが、自慢話をしている時、異様なテンションで盛り上がっている時、いかなるケース
   でも、K君の本質は変わっておらず、むしろ無理をしているような印象を受けたからです。

   本来正反対の生活を送っていて、馬が合わないはずの私達が、それでも関係が続いていたのもそれが理由でした。
   

     K君が大学のメンバーから一線を置こうとした理由の一つとして、その会話の中から浮き彫りになったのが、
    落胆するK君に対して私が「私以上に、どんな時も家族のように多くの時間を共に過ごしてきた大学のメンバーに
    なら、自身の心の悩みも分かち合えるのでないか」と率直に訪ねてみた時の反応からです。
 
     いや、それはまず無理だわ。なんか真面目な話が出来ない空気があるし。
    むしろ、考えてみたらノリのいい連中ばかりだったけれど、腹割って話せたことなかったわ。


  
     K君は、彼らの傍で明るく振舞っていても、心の中の孤独が拭いきれることはなかったようです。


   
     この本音トークを境に、私とK君の絆が今まで以上に深まって、わだかまりが消え去り今まで以上に遊べる
    ようになった……わけではありませんでしたが、私の中に詰まっていた胸の中の澱が晴れたは事実でした。




    その後のK君はどうなったのかというと、大学時代のメンバーとは、遊びに行ったりする機会も逓減していった
   ようで、他の居心地の良さを求め、鞍替えするかのように、小学校時代の同窓会での旧友との再会をきっかけに、
   今度は懐かしの旧友たちとつるむようになったのです。

    相変わらず、学業の面には本腰を入れられなかったようで、なんと卒業論文は2週間前になってはじめて
   下書きをはじめ、怒涛の徹夜の日々で、なんとかそれなりの体裁に仕上げ、提出出来たとのことでした。
   前代未聞の荒業でしたが、教授からお情けで単位がもらえ、留年から免れて無事卒業を迎えたのです。


    そして、これが最後のレポートになります。

   K君は卒業から今に至るまで、フリーター生活を続けています。

    去年のGWにK君と再会し、映画「スパイダーマン3」を観に行った帰りの電車の中で、今後の展望について
   端的に聞いてみたところ、大学時代からちょくちょくバイトしていたグッドウィルの派遣サービスを卒業後も続けな
   がら、行く行くは何処かしらの正社員になれればと答えていました。バイト以外の有り余った時間の中で彼が
   何をしているのかは一切謎でした。

    大学時代のあのメンバーとは卒業後も連絡取り合っているのかも併せて問いましたが、数人だけメールで
   近況報告をするのみと言っていました。そしてその後に、

    大学時代の俺なら絶対この後カラオケオール行っていたんだけれどな、俺も年取ったわ。
   そんな元気ねぇ(苦笑)ってか明日も朝からバイトだし、早く帰って寝ねぇと。


    あの頃の若々しさとは打って変わった発言を最後に、彼ともまた連絡が一切取れなくなってしまったのです。
   彼が何を考え、何処に進もうとしているのかは全く分からなくなってしまいました。

    彼と中学、高校および地元が一緒だったN君が風の便りで仕入れた情報によると、K君は就職活動に専念する
   わけでもなく、今でも週3〜4くらいのペースでグッドウィルを続けているそうです。
   たまに家にそばを通ると、K君の部屋の窓はシャッターで封鎖されており、部屋の奥が完全に見えなくなっている
   状態のようでした。ミクシィなどネットの世界にハマっているようなのですが……。
 

    皆さんは、K君の大学生活4年間をご覧になっていかがだったでしょうか。

    過去に登場したN君、Y君とは形は違えど、K君も暗中模索を続けているようです。
   そして大学生活で本当の意味での出逢い、夢中になれる何かに巡り合えなかった末路は、
   3者とも共通していると思います。 

    本当の幸せとは何か。
   私は彼らの大学4年間を通じて、答えが明確にならないこの課題を、今も考えさせられています。

   終
  

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