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第42回 「大学入学後、大学デビューに成功したある青年の話-前編-」
4月20日執筆
大学に居場所をなくしてしまったN君。
大学入学後、自分らしさを見失い、自分の殻に閉じこもってしまったY君。
そして今回登場するK君は、大学に自分の居場所を見つけ、一見華々しい大学生活を謳歌出来たように
見える対極的なモデルです。先に加えたこの”一見”というのが今回の主人公K君のキーとなっているのです。
それでは、これまでの2人と違って、タイトルに記載されているように大学デビューをどのように果たしたのか。
大学に入学したのち、出逢いに恵まれて本来の自分らしさを開花させられたのかどうかそのルーツを、彼の
4年間を追体験することで、明かして行きたいと思います。
● 大学デビューとは(はてなダイアリー”高校デビューとは”参照)
俗に大学進学で周囲の環境が変わる、知り合いがいなくなることでキャラを変えること。
イメージチェンジを計ったり、本格的に夜遊びなどに乗り出すこと、またはそういう人のこと。
K君も前回、前々回に登場したN君、Y君と同様に、私の高校時代の友人でした。
性格は私とは正反対で、細かいことは気にせずに、おおざっぱで気取り気のないクールな様が、自分にはない
魅力を持っていました。寡黙な彼は、決して自分から周囲の人間に進んで話しかけようとしているわけではなかった
のですが、ミステリアスな人柄に寄せられてか、休み時間や移動時には、常に数人の友人が傍についていました。
ルックスはサッカー日本代表の宮本恒靖似で、Y君同様、美男子でクラスの中の女子の間では、Y君と肩を並
べられるくらい人気があったのでが、当の本人は、そのシャイな一面からなのか、モテる男を意識しているからか、
歩み寄って来る女子とは一線を引いており、常に男友達と行動を共にしていました。
高校3年間の彼の女性遍歴は今でも謎に包まれたままですが、彼と共に学校生活を共にしている中で、
他の学校の女子生徒から番号を聞かれたり、同級生はさておき下級生からもラブレテーを渡されたりする場面に
多々遭遇し、モテっぷりはかなりのものでした。どの男性の観点から見てもそのイケメンぶりは認められていました。
そんな彼とは高校2年になってのクラス分けで、同じクラスになったことで、おのずと接点を設けられるようになり
ました。他のクラスメイトと違って、どこか近寄りがたいオーラを放っている彼ですが、今でも覚えているK君との
最初のきっかけは、当時私がハマっていたコナミの音楽ゲーム「ビートマニア」の話題でした。
清掃を終えて、一人掃除用具箱の前で佇んでいる彼を見て、思い切って話かけたのが全てのきっかけでした。
前々からK君は、私たちの学科の中では屈指の腕前だと噂が流布されていたので、自己向上のため、猛者との
出会いを心待ちにしていた自分にとっては、本能的に興味を持っていたのです。
緊張しながら、話しかけた私の問いに対してK君は、「うん、好きだよ。もしかして君もやるの?」と、想像してた
よりも朗らかに答えてくれました。いざ話してみると好感触で、それまでの彼の外見と普段のそぶりから、「近寄り
がたいオーラを醸し出しているK君」と、先入観を抱いていた自分が恥ずかしかったかのように、みるみる彼の人柄
に惹きこまれていきました。
それからというものの、K君とは、クラスで一番の朋友となり、学校帰りにゲームセンターに音ゲーをやりに行った
り、自宅に戻ってからも、当時流行っていたMSNメッセンジャーで深夜遅くまでくだらない話題のやり取りをしたり
と、単なるクラスメイトとは垣根を越えた親密な間柄になっていきました。
神経質な自分とは対照的な温和な彼とは、時に意見の不一致から喧嘩したりしながらも、学校の中ではほとん
ど二人で行動していました。その中で、自分には持っていない(特に異性にモテる、ファッションセンスが良いなど)
要素を兼ね備えていたK君の背中を、常に追い求めていた部分もあったのでした。
そんな彼とのズレを肌に感じるようになったきっかけは、高校を卒業した後の環境の変化でした。
私は卒業と同時に都内の私大に進学したのですが、それとなく受けた私大一校のみしか受かっていなかった
K君は、卒業を控え、入学手続きの期日までの刹那な期間、葛藤を重ねた末に、浪人への道を選択したのでした。
加えて彼は、学校の延長線上とも言える予備校での学びのスタイルを選んだのではなく、自宅に籠りながら
ひたすら自分自身と向き合わなければならない自宅勉強浪人(宅浪)という試練の道で、浪人生活のスタートを
切ったのです。
私にとっては「なぜ?」の選択でしたが、自分の世界をしっかり持ち、マイペースな気質の彼には、適合してして
いたのかもしれません。
高校時代、私はK君に対して、些細なことでもメールや電話を繰りかえしていたのですが、極力必要以上の
連絡を避けるようにしました。それでも、大学に進んで慣れるまでは私も一人暮らしの孤独と悪戦苦闘している
最中だったので、ケースは違えど共通点が見られるK君とは、老婆心を装いながら、ちょくちょく連絡を取って
いました。ただでさえ、勉強にはナイーブになっているはずなので、かたい話には触れずに、リラックス出来るよ
うなくだらない話題を投げかけては、高校当時のノリで束の間の孤独を癒し合っていました。
彼はメールや電話には快く応じるものの、実際に会って遊ぶとなると明らかに距離を置いている姿勢が分かった
のがこの出来事です。
8月になって、彼以外全員現役で大学に合格した高校卒業組6人を集めて、上野で飲み会をしようという企画を
持ち上げたことがあったのですが、彼は出席に関して理由は言わずに、頑なに拒んでいました。
一人だけ皆とかけ離れて合格に向けて必死になっている彼の気持ちを慮らないで、非情な誘いをかけてしまった
なぁと反省しましたが、閉塞した自宅で抱えるストレスと、合格へのプレッシャーは想像以上だったと察します。
今日に至るまで、宅浪時代の苦労話や実体験は、一切彼からは耳にしていません。
彼はその冬、長かった受験戦争に合格という形でピリオドを打ちました。
自宅からの通学圏内の私大に合格してからは、それまでブレーキしていた解放されたかの如く、高校時代の友人
の集いに率先して参加を希望してきたり、夜遅くまでカラオケに付き合ってくれたりと、失われていた時間を自分なり
に取り戻そうとしている様がよく伝わってきました。
そして季節は変わり2003年4月の春。
私は大学2年生に、K君は大学1年生で新しい生活をスタートを切ってからも、相変わらず彼とは頻繁にメール
や電話を交わしていました。話題の中心は、専らゲームやネット関係だったのですが、K君が入学後テニスサークル
に所属したこともあって、ゴールデンウィークに帰省した時に合流し、テニスを楽しんだりもしていました。
ある時、K君は「大学って思っていたより、楽しくないよ。サークルもあんまり行ってないし、そのうち辞める
つもり」と、いつも以上にシリアスな表情で、意外な本音を口に出していましたが、私も時を同じくして「大学の選択
ミス」の問題を頭の中で抱えていたので、K君とは共に分かち合えるような言葉を越えた安らぎを覚えたのでした。
実際その発言後まもなく彼はテニスサークルを退いたのです。
転機を迎えたのは夏。
それまでのK君から徐々に違和感を覚えるような発言と行動が多々目立ったのです。
7、8月の夏休みは私は地元に滞在していたので、K君と遊ぶ機会も増えました。
発端は、ある日彼の車に乗って(車通学のために必要と、入学にあたって中古車を購入していたのです)
ゲーセンに向かおうとしている途中の会話の流れでした。
「やべぇ、最近まじ大学楽しくなってきたわ」
!!
K君が耳を疑うような意表をついた事をさらりと述べてきたのです。
えっ!?だってついこの間大学微妙で、サークルも合わなくって辞めたって言ってたばっかりじゃん。
それなのにどういうことなの?
私は心の中で率直にそう思いましたが、彼は続けて
昨日も5時に家に帰ってきて全然寝てないからだりぃわ〜。事故るかもしれない(笑)
色んな意味で危険なにおいを感じさせられるような意味深な内容を平気で言ってきたのです。
それまでK君は、自分から聞きもしないのに「この前〜と〜して遊んだ」などと、第三者の存在を話題にすること
は皆無に等しかったので、衝撃の展開だったのと、つい数日前まで確かに「大学には満足いっていない」と言ってい
たので、すぐにはその新事実についてはいけませんでした。
その時の私は、蛇に睨まれた蛙のようにフリーズし、ただ黙って聞き入れることしか出来ませんでした。
その後矢継ぎ早に浴びせられたK君の軽快なトークをまとめると、
前期終了最終日の夜に、大学近くの居酒屋「和民」にて、同じ学科の飲み会(英語の授業で同じだった
学籍番号が近い30人くらいのメンバーが参加)が開催された。
今まで顔なじみのメンツはいたが、高校時代のようにクラスが存在せず、基本的に授業や学外での移動時
でしか顔を合わせることが出来ない大学のシステムにおいて、なかなか学科の学生とゆっくり話す接点
やお近づきになれる機会がなかったのだが、この飲み会をきっかけにアイスブレイク出来た。
元来そんなに積極的ではなかったK君の気質に加えて、入学当初周囲の会話に耳を傾けると、同級生は
ほとんど現役で進学してきている中、自分だけが浪人して1年のブランクが開いていることで、変に年齢を
意識してしまった気おくれが災いして、それまでは学科の人間との接触を避けていた。
でも、今回飲み会というフランクな場、誰も自分を知らない新しい舞台という好条件が揃っていたのも
追い風となり、思い切って自分から歩み寄ってみたら、心配も杞憂に終わり、かえって年上という点で、新
しい刺激に触発された同級生たちに興味を持ってもらえ、溶け込めたとのこと。
それから意気投合出来る友達が4人できて、つい昨日もそのメンバーでカラオケオールしてきたから、ろく
に睡眠も取ってない。その延長で中途半端なコンディションで私と落ち合ったようなのでした。
K君は、サークルを辞めたことで、かえって心機一転して、学科のメンバーと隔たりなく向き合えたそうなのです。
そういう意味でその前期打ち上げの飲み会は、切り替えのタイミングとして千載一遇のチャンスだったのです。
へーそうなんだ。楽しそうでなによりだね……
今まで3年間隣にいて、見たことがない一面に動揺を隠せずに、心の中は彼とは反比例して虚無感に支配
されていく自分を抑えることが出来ませんでした。
途中コンビニに寄って、車を降りようとした時、彼の携帯の着メロが勢いよく流れ(しかもマナーモードでなく)
彼はすかさず反応していました。
おっ、昨日はお疲れー。まじ楽しかったぃねー。
今?今はちょっと出かけてる。
会話の流れから、昨夜オールをした大学のメンバーのうちの一人からかかってきた電話だということがすぐに
推測出来ましたが、おそらく「今何やっているの?」という相手の質問に対して、”出かけている=私の存在に触れて
いない=空気のような扱い”にされたショックは一入で、何より私といる時よりも快活に話しているK君の横顔が、
まるで別人のように感じられずにはいられました。
K君のその楽しそうな会話の様子に、私は嫉妬に近い感情と悲しさが入り混じり、その場から離れたくて仕方が
ありませんでした。
私が傍にいることなどお構いなしで、30分くらいK君は電話に夢中になっていました。
それも、待たせておいて悪びれることなく、何事もなかったかのように、次に進もうとしていたので、私の中の
K君に対する悶々とした気持ちは発散されることなく、その後も増幅されていくのです。
その日は、私の方からというよりも、「この後他の友達と会う」と唐突に言ってきたK君に合わるほかなく、
予定よりも早く切り上げました。大学が上手くいっていない私、そしてテンションが急下降していく私とは反対に、
ボルテージがぐんぐん上がっていくK君と会っているのは、えらく場違いのように思えました。
んじゃ、また♪
おそらくまたあの大学の友人たちに会いに行くのでしょう。
車内のオーディオで、オレンジレンジの「上海ハニー」を大音量で流し、ノリノリで唄いながら去って行くK君とは、
この日を境に急速に溝が広がって行くのです。
それから5年の月日が経った2008年4月現在、Y君同様、K君とも連絡を交わすことが不可能になっている
状態です。
その後のK君の変化と、音信不通になるまでの流れは次回後編へ。
後編に続く