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第39回 「大学入学後、変わり果てて行く友人を追って-前編-」 4月13日執筆
-はじめに-
4編にわたり、私の親友N君の5年に及ぶ大学生活を凝縮し描いた「大学に居場所をなくしたある青年の話」
は、これから大学を目指す高校生、そして今現在N君とは環境こそ違えど同じように大学で孤独を痛感してい
る現役大学生に向けて「後悔のない選択を」「人生やり直せる」「自分は独りじゃない」という私なりの3つ
のメッセージを込めて発信しました。
そして今回はN君とは世界観は違えど大学に入学後頓挫してしまうY君の実体験。自分の殻に閉じこもって
しまうY君の実話を、高校時代のかけ離れた彼の全盛期から語っていきます。
さらに「大学」をモチーフにした最終回の締めくくりは、他でもない筆者の私自身が過ごしてきた虚無感に満ちた
大学時代を、長編コラムに提供して手掛けていく予定です。
実は、私が大学生活にこだわっている理由は、他でもない私自身がいわゆる「楽しかった大学生活」とは
かけ離れた暗黒時代を過ごしてきたからです。そしてN君や今回登場するY君とはまた違った私の大学生活
の模様を解放することで、少しでも大学=世の中の現実を皆様に伝えていただければという願いと、過去の
トラウマを払拭し、昇華することで、過去を乗り越えた未来につなげていきたい言う意志があります。
-本編-
さて、今回登場するY君も、前回の主人公大学に居場所をなくしたN君と同じように高校時代の友人でした。
結論から言えば、Y君とは、会うことも連絡を交わすこともできないのが現状です。
時の流れは早いもので、4月でY君と音信不通になってからちょうど一年が経ちました。
この1年の間、私は1週間に1回は必ず彼に電話をかけてきたのですが、たった一度さえも電話に出てくれる
ことはありませんでした。着信拒否にされていた時期もおよそ半年もの間ありました。
残りの半年は、電話こそ繋がるものの数秒で留守電が応答するという完全拒絶の態勢。
いつかは彼のことをコラムに紹介させてもらおうと考えていましたが、昨日ふと電話してみたら、
再び着信拒否に設定されていたのが後押しになりました。現在は連絡謝絶にされています。
Y君とは1年前彼の地元で、Y君、N君と、私の3人で会い、再会を誓って別れたのが最後。
あの日を境に彼とは一切連絡が取れなくなりました(詳しくは後編に)。
住まいが離れている(県が違う)のと、働いていることで時間の融通が利かなくなったのもあり、
現実的には、Y君との接点は携帯電話の電話かメールのみに限定されているわけです。
もはやY君の安否が確認できるのは、前触れなく電話が繋がらずに、着信拒否になっていたその変わり目。
着信拒否が解除されるもしくは設定されているときには、直接操作が必要なので、変更時には、彼本人が
いじっているわけで、間接的に彼の”生”が確認できます。一方通行状態でなおかつ”無言の教え”です。
一体彼の身に何が起こってこのような状態になってしまったのか。
彼は現在社会人として働いているのか。
それとも家に引き籠ったまま今も自分の殻に閉じこもっているのか。
全ては憶測でしか彼の生き様を想像することでしか私には出来ませんが、彼と連絡が途絶える一年前以前
に時を遡ると、彼の”今”に結びつくようなヒントが見えてくるような気がします。
次回彼の消息がわかるのは、着信拒否が解除される瞬間か、もしくは……
話は高校時代に戻ります。私から見た当時のY君のエピソードと、その人柄を簡潔に述べて行きます。
-日本史の面白さに目覚め、クラス19位から→6位への躍進-
高校3年生の時(今から6年前)の彼は、学力面では優秀で、中間、期末テストにおける成績は総合的にも
クラスで常に1位を維持していました。実は1年生の2学期までの成績は正反対で、クラスで真中くらいの
いたって平均的な学力だったのですが、1年最後の期末テスト時にはクラスメイト36人中6位に。
その躍進ぶりを皮切りに、2年生になって文系理系コースが分かれ、文系クラスに進んだ彼は、得意な
文系科目中心なのがさらに成績向上に拍車をかけ、2年時は1年を通して常にトップ3に入っていました。
「どうして1年生の前半は勉強に興味がなくて後半からは劇的に努力するようになったか」という私の
と問いに対して、彼曰く「もともと数学が苦手だったのがあって、他の勉強もやる気が起きなかった。
けれど、1年の冬に、たまたまオヤジと二人で行った近所の歴史博物館で、中世の実物の刀とか鎧
とか目の当たりにして感動してさ、それをきっかけに今まで無関心だった日本史に興味を持ったんだ。
俄かだったけれど、その後も日本史を中心に、今まで目を向けなかった他の教科も1学期の3倍くらい
やってみたら結果として成績が上がってた」
と答えてくれました。
きっかけはいたってシンプルですが、教科書では味わえない感動体験が、彼の中に眠っていた知的好奇心
を呼び起したみたいです。まずは好きこそものの上手なれ、そこから世界が開けるのだと彼から教わりました。
それからは「日本史のY」と先生からも認められているように、日本史の成績においては特に好成績で、
毎回欠かさず1位をキープしていました。そんな彼は当時、将来的には日本史の先生か博物館学芸員
になりたいと意気揚々と語っていたのを今でも覚えています。
その後の進路も、都内の中堅大学の経済学部(偏差値でいうところ55前後くらい)に指定校推薦に選ばれ、
一般受験組よりもいち早く進路が決まっていました。高校3年の1学期の評定平均が4.8だった彼は、同じく
たった1枠をかけて指定校推薦を希望する5名の生徒との競合にも負けず、早い時期から希望大学への捷径
である安定切符を手にしたのです。
ここで、誤解のないように、付け加えますと、Y君及び私が卒業した高校と学科(コース)は、県内屈指の
難関高校とはかけ離れたごく標準レベル(高校偏差値でいうところの50前後)の高校だったのでした。
学科の目標及び学校紹介のパンフレットでの謳い文句は"目指せ!日東駒専クラス"と銘打ていましたが、
実際は"大東亜帝国レベル"に現役で受かれば、学校側としても合格点の考えで、 国公立は5年に1度
推薦入試で合格者が1名くらい出るのが稀有。特例として、 歴代卒業生で唯一、現役で大東亜帝国に
進学したのち「やっぱり違う」と退学した後に、二浪して早稲田大学に合格した者がいたというのが武勇伝
にされているようなレベルと言えば、おおよそどの程度の学科だったか察していただけると思います。
と、いうことで私たちの中では、MARCHレベル以上の大学を目指すものは皆無で、3年の夏を過ぎても、
世間一般でいう受験モードとはかけ離れたまったりした空気が漂っていました。
気がつけば「センター」とか「受験」とかは口に出してはいけないような暗黙の了解が学科全体に流布されて
おり、ほとんどの生徒が受験よりも思い出に残る学校生活に力を入れている様子も、9月に行われた高校生活
最後の学園祭は全員が団結して有終の美で終わらせられたのを見れば端的に分かりました。
話は戻りますが、以上の理由から、学科にとって、指定校推薦枠をゲットして都内中堅大学合格の切符を入手
したY君は快挙であり、各教科の先生たちもY君の合格を一斉に称えていました。
ちなみに、前述したように「将来は日本史の教師か博物館で働く仕事が良い」と口ずさんでいたY君ですが、
どうして夢の実現と一致していないカリキュラムが待っている経済学科を選んだかというと、「学校の成績で決まる
指定校推薦で行ける」というのと「大学名」の2点が理由のようでした。つまり、彼にとって進学後の中身ある授業
よりも、どの学科でも良いから世間的に名の知れた大学に手軽に進学出来る道を選択したようです。
Y君はクラスで1位の成績でも、代ゼミ私大模試では英国社の3教科平均偏差値が48前後のレベルでしたから、
一般入試では大東亜帝国クラスが現役で受かるかどうかもわからないと懸念もしていたので、書類選考と面接
のみで、主要教科での受験はパス出来る推薦入試システムによる早期合格は、負担も少なくなおかつワンランク
上の志望校に合格できたのは相当嬉しかったようです。
皮肉にもこの選択が後々の人生に大きく影響するわけですが……。
また、今になってこそ冷静に分析できますが、学校のテストは試験範囲が小規模で、テスト前に各教科毎の先生
が教えてくれる出題されるポイントをつかんでおけば、一夜漬けやテスト週間ぎりぎりの勉強法でも、好成績を
収めることが可能ですが、広範で蓄積された知識を求められる全国の大学受験スタンダードでは、私たちの学科
のカリキュラム方法ではみな太刀打ち出来ませんでした。後に一般入試で偏差値50前後の私大に現役合格できた
僅かな同級生は、共通して学外で予備校や塾に通いながら、ある程度の勉強の型を習得している者たちでした。
学力面以外で人間性的にも、Y君は男女ともに人気がありました。いつも笑顔な彼は友達も多く、思いやりが
あって話が聞き上手なので、いつも成績が悪かったり、失恋したしていた 男友達の慰さめ役を厭わずにこなしたり
していました。
その上ルックスも良かったので、(似ている有名人に例えると、週刊少年ジャンプ「ハンター×ハンター」
に登場する”シャウアプフ”や「テニスの王子様」の青学”不二”等。※マニアックな例えで申し訳ないです。Yahoo!
かgoogle等の画像検索で「シャウアプフ」「不二周助」と入力すればイメージがすぐに分かります)
入学早々クラスメイトと付き合ったり、特別女子と仲良くなかったのにも関わらず、「彼にするならY君が良い」
というように日常生活の話題にも挙げられ、卒業式に違うクラスメイトに女子に告白されたりと、甘いルックスを
持つ彼は、知性と色気を兼ね備えた存在でした。
そんな彼が大学卒業後に引き籠りになってしまうとは、この時私をはじめ同級生の誰もが予想だにし
なかったはずです。私も彼と共に過ごした高校生活のイメージが強すぎで、未だに変わり果てた彼との
ギャップが拭いきれずにいます。この文章を書きながら、追憶とともに私の中でどうしようもないもどかしさが
胸を支配しています。
そして、次回は大学入学後変わりゆくY君の姿を中心に展開。
長くなってしまうので、ここら辺で前編を終わりにし、大学入学後から卒業までの流れを次回中編に
繋げたいと思います。
続く