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1月20日
第三十八回 「大学に居場所をなくしたある青年の話〜最終編〜」
2007年3月15日、N君は大学を卒業しました。
空しかった卒業式。孤独から、心の底から泣きたかった卒業式。
後にN君はこの日のことを私に刻々と語ってくれています。
大学5年生のN君にとって、卒業式に肩を並べているのは一つ年下の後輩ばかり。そこに自身の大学
生活の苦楽を分かち合った級友と呼べる存在は誰一人存在しませんでした。
行きたくない。
思い出も、親友も、恩師も、何一つない自分にとってあの場所ほど無味乾燥な空間は
苦痛以外の何物でもない。
卒業式を控えた一ヵ月ほど前から、N君は何度も現実からの逃避を唱えていましたが、最後の瞬間
確かにN君はそこにいました。
N君は逃げずに。けじめをつけるために、あるべき場所に足を運びました。
式が終わった後、所属学科別に教室に移動したそうなのですが、N君の目の前に広がる光景は
彼にとって入学して以来一番目に余る凄惨なものでした。
「今日で卒業だけど、○○ちゃんと出逢えてホントによかった……」
友達同士で肩を寄せ合って号泣する卒業生。
「お互い別々の道に行ってもずっと友達だよ……」
大学4年間の中で培った友情を最後の場で噛みしめ合う卒業生。
「先生、私この大学に来て本当によかったです。ありがとうございました!!」
とめどなく流れる涙を拭いながら、恩師への最後の感謝の念を伝える卒業生。
そこにN君の居場所はありませんでした。
一人一人がそれぞれの大切な存在と最後の時を共有する中、N君だけは部屋の隅にうなだれて、
冷淡な表情で見て見ぬふりをしながら、彼らの様子を見渡していました。
そんな自分は空気のような存在だったと言っていました。
人間にとってその人の存在価値や相手の本性が見えるのは別れの時と言われていますが、
N君は最後の最後まで誰一人として卒業を惜しんだり、友情をわかち合う者はいませんでした。
N君にとって別れ=名残惜しさという感覚は、まるで遠い別世界のフレーズでした。
結局N君がこの日ただ一度だけ人と会話を交わしたのは、後輩の一人が話しかけてきた「先輩、
この後の謝恩会参加してもらえますか?」との参加の是非の問いに対して「用事があるからいい
ですよ」と答えた一言のみだったそうです。
一年留年したのはN君だけだったので、現役でこの日卒業した4年生の間でも、一つ上のN君は
異色な目でその存在を認識されていたとのことです。一応同じクラスメイトという形式上、N君と交流
がなくとも、除け者にするわけにはいかないので、義理で参加を求めてきましたが、もはやN君にとって
は愚問でした。式が終わった以上、一刻も早くこの場から抜け出したくて、これ以上惨めな思いを重ねたく
ない気持でいっぱいだったそうです。同じ卒業生とは言え、事実上自分より年下の後輩に対して
「いいですよ」と空々しく遠慮がちに敬語を使っているところからも、面識もなく共に過ごした思い出の
微塵もない彼らとの距離感が端的に伝わってきました。
そしてN君の5年間に渡る大学生活はピリオドを打ちました。
この顛末を、私に地獄絵図とまで言っておりましたが、想像しただけで孤独の境地に立たされていた
N君のやり場のない思いが切なく胸に響きます。
さらば、悲しみの青春。
耐えに耐えた5年間、振り返っても、「これだけは自分は頑張った」「一生の出会いに巡り合えた」
という温かい思い出は皆無だったそうです。
皮肉にもいつの日か教授から言われた「この大学に来て親友と呼べる存在が一人も出来ないのだ
とすれば、福祉を目指す人間には向いてない」という言葉が常に心に木霊しているそうです。
一体自分は何のためにこの大学に来たのだろう。この5年でプラスになったものは何だったのか。
卒業して否が応でも過去を回顧せざるを得ないN君は、自分の存在価値、未来への不安を幾度となく
頭に思い描いていました。堂々めぐりの先の見えない答えでした。
それからのN君ですが、4月から新社会人として、地元の福祉施設の介護員として働き始めます。
そこで待っていた運命は、大学時代とは比べ物にならないくらい過酷で理不尽な現実。
割に合わない報酬、従業員をボロ雑巾としてしか扱わないような労働時間の多さ、突きつけられた介護
福祉社会の現実から、ドロップアウトしてく者が続出し、幾度となく押しつぶされそうになるN君ですが、
2008年1月現在、逃げずに踏みとどまって現実と向き合っています。
いつも話を聞いていて、「そんな辛い職場なら辞めればいいのに」と思って止まないのですが、それでも
N君はその場所で、働き続けます。
そんな直向きなN君ですが、その奉仕と努力の姿勢は神は見捨てず、この頃中学以来およそ10年間縁
のなかった"彼女=恋人"もできました。
少しずつ、少しずつですが、確実にN君の身近なところで変化が起きてきています。
新たな物語は今日、この瞬間も確かに刻まれています。
どんな逆境でも、必ず救いはある。
N君の生き方を見ていると儚くも、確かな勇気をわけてもらえる自分がいます。
「確かにつらくてしんどくて、辞めたいっていつも思ってるけれど、今まで苦労とか努力してこなかった分、
頑張んなくちゃな〜って思っているんだ」
N君はこの辛酸な現状に対して、自分を鼓舞するかのようにいつもこの言葉を掛けてくれます。
しばしの時間が経ち、また機会があったらお話させていただきましょう。その日までお元気で。
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