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第二十八回 「葛藤、苦悩、夜回り先生〜水谷修さんとの対話から〜」 3月23日 23時40分執筆
2006年、新年の到来から早3ヶ月が過ぎ、新しいシーズンの到来と共に暖かい春がやってきようとしています。
私は気がつけば大学の卒業式を間近にし、新たな門出に出発しようしています。
目を閉じれば、四年前の入学式の光景が鮮明に思い出され、走馬灯のように
閃光の如く大学生活の思い出が脳裏を過ぎります。
あっという間。
自分のこの四年間を振り返った時、もっとも適切な言葉がその一言に凝縮されています。
誰もが使う、ありふれた言葉ですが、私にとってはそこに全てが込められているのです。
一体これから先自分はどこに向かっていくのだろう。
草木の萌し、暖かい日光を浴びて季節は着々と新しい春に向かっているのに、私の胸襟には
決してあの日から拭いきれることのない心の闇が顕在している。
この四年間常に自問自答してきた、たった一つの確かな疑念。
でも、どれだけ時間が経っても、新しい体験を通しても、曙光の明かりは私の闇を
照らしてはくれませんでした。
自分のしていることは正しいのだろうか。その先には何が待っているのだろうか。
考えても考えても出口は見えません。
後ろを振り返ると広漠とした常闇が私の姿を一瞬にして覆います。
そんな私ですが、気がつけば隣にはいつもあの人がいました。
あの方との出会いがあったからこそ、私はこうやって苦しみを乗り越えてこられたのです。
2005年10月9日、この日私は東京のリブロ池袋店で行われる通称「夜回先生」と呼ばれる
水谷修先生の新作著書の発売記念サイン会に参加するために、大勢の行列に混じってその
時を待っていました。
夜回り先生をご存知でない方のために簡単に説明します。
夜回り先生、本名水谷修さんは現在49歳で、もう12年以上も、「夜回り」と称して
中・高校生の非行防止と更生、薬物汚染の拡大防止のために、夜の繁華街をパトロール続けています。
元は横浜の定時制高校の教諭でしたが、現在は主に薬物防止と、子どもの叫びを訴えるための講演活動を
中心として全国を駆け回っています。夜回りや高校教諭の生活を通して5000人以上の子供たちの相談に
尽力をつくしている方です。
私が初めて水谷先生と出逢ったのは、去年の1月下旬に放送されたドキュメンタリー番組でした。
自分の人生のほとんどを子供たちの更正に尽くしていて、日々死に行く若者たちと闘っている
その勇姿は、私の心に大きなインパクトを与えました。
世の中こんな偉大な人が存在しているんだ。
当時、ちょうど自分のしていることの「意味」と将来への不安に対峙している最中だったので、
水谷先生の生き方を見て、僭越ながら自分が目的としている方向性と考え方に同じにおいを感じたのです。
それ以上に私は何処かで自分が待ち望んでいた「私を導いてくれる誰か」に対面できた実感がしました。
それから私は水谷先生と自身を投影させるかのように彼の世界に興味を抱くようになりました。
多くの著書を購入し、講演会に参加し、私の中でいつか必ず水谷先生と対話が出来る機会がやって
くるはずだと信じていました。
瞬く間に約半年が経ち、ついに水谷先生と対面できるその時がやってきたのです。
水谷先生にはこのホームページのことを話そう。
サイン会という手前、一対一で話せる時間は非常に短いので、いくつもの会話を重ねるのは
難しいことはわかっていたので、事前から一つに絞った結果出したのがその話題でした。
水谷先生との出会いがあって、このホームページを開設したのではないですが、「悩んでいる
人たちのために全力を尽くして支えたい」という趣旨は形は違えど共通していて、運営の
過渡期で出逢えた偶然から、自分の伝えたい真意がきっと伝わると信じていました。
「君のやっていることはキケンだぞ」
思ってもみない一言が返ってきました。
私は水谷先生と話す番がやってきた時に気持ちの昂ぶりを抑えて最初に言った内容はこうでした。
「私は今、自分のホームページを通してして、明日に悩み、行き場を失っている方たちを支え
られるようなサイトを一年半やってきました」
そしてその後に「私も少しでも世の中の苦しんでいる人たちのための力になり、水谷先生
のように一貫してやっていくつもりです」と伝えるつもりでした。
しかし、前に挙げた二行の伝達を述べたところで、私の発言を遮っておっしゃったのが
君のやっていることはキケンだぞ。
の第一声でした。私は予想外の反応に言葉を失い、唖然とする他ありませんでした。
水谷先生はこう続きました。
インターネットを通じて追い詰められた若者たちが集まり、苦しみを語り合うのは非常に
キケンだ。そこに救いは存在しないし、彼らの心の闇を救ってあげられるのは素人では
至極困難だ。自分もホームページを運営している手前よくわかるが、傍から見れば実際
あたかも一人で相談者たちと向き合っているように見えるだろうが、バックには精神科医
の全面的な指導のもと活動しているんだ。
だから、素人が彼らに手を差し伸べるのは非常に難しい。下手すればミイラ取りがミイラ
になってしまうよ。キケンを冒さずに苦しくなったら彼らをオレのところに送ってくれ。
というものでした。(実際とは一部異なります。私が自分なりに要約したものです)
私は返す言葉が見つからず、思っても見ない返答で黙ってその言葉をかみ締める他
ありませんでした。
そしてサインを書き終えてもらい、唖然としたままその場を立ち去ろうとしたところ、
「無理するなよ」
と右手をさし突き出して、優しく笑顔で最後の声をかけてくれました。
私はその晩考えました。ようやく会えた尊敬する人、この人なら私のやっていることを
わかってくれるはずだ。そして勇気を与えてくれるだろう。
でも、待っていたのは現実の厳しさ、覚悟の難しさのアドバイスでした。
きっと水谷先生は自分の半生や今までの経験を通して、同じ苦しみを
私のようなごく普通の人間には味わわせたくなかったのでしょう。
私はその水谷先生に忠告されて、気付いたのです。
自分はその生き方を誰かに認めてもらいたかったんだ。
同時に襲ってくる自信喪失、葛藤。
自分には誰かを救うことは出来ないのか……
生半可な気持ちでは誰かを救うことなんて出来ない。
自分に全てを犠牲にしてでも全てを尽くせる覚悟はあるのだろうか。
あれからさらに半年の月日が流れました。
私のやっていことは正しいのか。その先になにがあるのか。
いまだに答えは見えません。
きっと今自分に必要なのは、自分自身の存在を認めるやさしさなのだと思います。
そう、私は大学に入ってから苦しみ続けているあの瞬間から気付いていたのです。
もうすぐ新しい生活がやってきます。
いいんだよ。今までのことはみんないいんだよ。
水谷先生の名言が脳裏をよぎります。
自分との闘いはまだまだ続きそうです。